みなさん♪ またしてもご無沙汰してしまいました。
出張に次ぐ出張で、今、北海道に!
しかし何ですよ!
自宅が北海道に在るのにホテルに泊まっているなんて笑えますよね。
でもねェ〜。。。
最寄の駅からは自宅は遠いし、足となる車も無いし・・・
水道は水抜きしていて、チョッと帰宅して水を使って
また留守にする際に、万が一下手に水抜きを怠ったら・・・
今年中には間違いなく水道管か凍って
屋内配管か蛇口がブッ飛んでしまいますからね。
クワバラ!クワバラですばい!
さて前回の続きです。
世界一のスーパーカーを開発せよ日産の旗艦車種「NISSAN GT-R」開発チームの挑戦(1)
NBonlineより 2007年10月26日 金曜日
宮田 秀明
水野主管は、インタビューの部屋に大きな紙筒を抱えて現れた
大伴 彰裕(おおとも・あきひろ)氏
「GT-R開発プロジェクト」担当執行役員。1961年生まれ。早稲田大学理工学部を卒業後、日産自動車に入社。2004年に同社第三車両開発本部第三車両計画部 車両開発主管、05年に同社VP 第一車両開発本部 車両要素開発本部担当、06年に執行役員・Infiniti製品開発本部などを経て、現在は同社執行役員 ・Infiniti製品開発本部 実験技術開発グループ統括
素晴らしい工業製品は、経営と技術の融合によって生まれるのだが、その中で、チーム構造やビジョン、コンセプト、先進のソリューションも完璧にすることが求められる。
その後に続くのは現場の技能の力だ。GT-Rのエンジンやミッションはセル方式でそれぞれ1人の職人によって組み立てられ、全数検査が行われ、3年間品質保証ではなく性能保証が行われるという。
現場の匠たちの力は健在なのだ。
水野開発主管は、インタビューの部屋に大きな紙筒を抱えて現れた。それは4年間の開発工程表だった。
長さ30メートルもの時間軸管理の巻き物である。
難しい開発プロジェクトのマネジメントにとって必須のものだ。
新幹線の開発では島秀雄さんが約8年間管理していた。
私もアメリカズカップ・プロジェクトの時、毎週見て考えて、毎月大改正することを4年間繰り返していた。
技術開発における時間軸マネジメントの道具だった。
残念ながら、インタビューではGT-Rの現物を見ることもできなかったし、試乗することもできなかった。
しかし、開発マネジメントが称賛に値するものであることには確信が持てた。
チーム構造が正しくて、ぶれない目標と正しいコンセプトを持っていて、情熱のマネジメントと仕事ができれば、間違いなく素晴らしい製品ができているはずだ。
日産に限らないと思う。
日本の自動車産業の現場には、挑戦する技術者がいる。
かつては世界一の品質のために格闘し、それを実現した。
そして、21世紀になって、車そのものを世界一にする挑戦に力を注いでいる。
日本の製造業の取るべき正しい戦略だと思う。
少し宣伝臭い記事になってしまったかもしれない。
それは私自身が欲しくなったことも影響している。
帰り際に水野主管に言った。
「欲しくなりましたよ、でも買えませんが」
【インタビュー】「GT-R開発プロジェクト」担当の大伴彰裕・執行役員、水野和敏・車両開発主管に聞く
最高峰の商品を作る技術開発チームとは
宮田 秀明(みやた・ひであき)氏
宮田:「GT-R」の開発は、これまでとは違ったやり方で進められたと聞いています。頂点を極めるクルマ作りをどのようにマネジメントをされたのでしょうか。
水野:実はGT−Rをやってくれと最初に言われた時、私は断りました。その時にはもう、作れる姿のねじ1本まで頭の中にはできていました。でも、日本の自動車のその時の文化、自動車会社のあり方の中でそれを作るというのは、とうてい不可能な技だと思ったから断ったのです。
宮田:技術でなければ何が難しいと思われたのでしょうか。
水野:本当にいいモノを作るというのは、きっと文化と感性をつくることであり、技術というのは、そのための単なる手段、手法にすぎないと思います。要はみんな技術におぼれてしまって、本来の目的、手段って何なのか、みんな忘れちゃっているよね、と大伴さんともよく話しています。
それから1年が過ぎ、ある時にまた突然、お前が絶対やれと言われました。その1年間の自分の心境は、正直言ってすごく複雑でした。なぜならば、ポルシェやフェラーリに太刀打ちして世界一を目指すということは、正直言ってそんなに難しいことじゃないという思いが僕にはあったのです。
そして引き受けました。もうそこでは自分のふんどしをしめるしかないですから、じゃあ、やり方は任せていただけますかと伝え、車両開発主管(チーフ・ビークル・エンジニア、CVE)と商品企画責任(チーフ・プロダクト・スペシャリスト、CPS)の両方をやらせてくださいとお願いしました。
感動商品の頂点に立つスーパーカーを作るための体制大伴:日産の開発では、1999年以前は商品主管が1人で車を全部つかさどっていたのですが、2000年からは、車作りの社長であるプログラムディレクター、技術開発をつかさどるCVE、商品企画をつかさどるCPSによる三権分立体制に変えていました。
水野は、その商品企画と技術開発の役割を1人で担うことになったのです。
宮田:昔は1人だったでしょう。そして1人が3人になり、3人になった時に、マーケティングとか、販売とかも考えてやるようになった。そういう意味ではいいのかもしれないけれども、本当にいいものを作ろうと思ったら、お客さんに迎合しない部分も必要になってきますね。
水野:商品には、感性の商品とバリューの商品と2つあると思っています。感動や感激は、生きる力になります。あと半年したらボーナスでフランス料理を食べに行ける、それまで仕事を頑張ろう、と。あと1年したら貯金をためて、「Z」を買おう、それまで頑張ろう、と。僕らが今、作ろうとしているのは、感動の世界の商品です。
だから、お客様が欲しいものを、積み上げて作っていくというアプローチとは違う。お客様を驚かせるもの、感激させるものは、想像力で組み立てるものですよね。
ですからCVE とCPSの両方の役割を持たなければ、この手の車はできないと思っています。本来、スポーツカーなんて必要ないんです。
2人しか乗れなくて、300馬力もあって、時速200キロ以上も出て、何でそんなものが必要か、と。
それはゴッホの絵や高級フランス料理が不要かという論議と一緒で、車という商品にも、やっぱり感動の商品があって、それに典型的に属するのがスポーツカーだと思うんです。
スポーツカーの中で世界最高の金メダル取りを争うのがスーパーカーです。スーパーカーというのは、感動商品の頂点に立ちます。
そこに日産が挑戦するというのが今回のプロジェクトです。
こういう世界を狙うと言った瞬間、僕らのやることは今までよりも新しいことになりました。
今までだったら冷蔵庫の中に材料(技術のこと)があり、それを組み合わせて美味しいお料理を作りましょうという感じだった。
だけど、今回は全く逆で、俺たちはこういうものを作るぞ、と考えます。そして材料選び、材料の調理の仕方…。
世界最高を目指すというのは、ここからスタートする仕事なんです。家庭料理とフランス料理は本質的に出どころが違うと思いますが、僕らが目指したのは、そんな世界です。
水野:それで次に、感動をどう作るかです。
これは、絶対的価値を生み出すことです。単純なのは、存在する固有性がなければいけないということです。
フェラーリなら手作りでミッドシップでカーボンファイバー、ポルシェならリアエンジンでドイツの職人が匠の技で作っている。
じゃあ、「GT-Rの絶対値は何か」というのを訴求するのが僕らの仕事で、ここから仕事はスタートしています。
宮田:今度は、昔のスカイラインGT-Rと全然違うわけですが、ポルシェとかフェラーリでお話になったような、絶対の価値があるのでしょうか。
スポーツカーとスーパーカーは絶対的にカテゴリーが違います
水野:僕らはカテゴリーを変えます。スカイラインGT-Rというのは、しょせんスポーツカーですが、GT−Rはスーパーカーです。
スポーツカーとスーパーカーは絶対的にカテゴリーが違います。
例えば最高速が公道で300キロ以上出せて、ニュルブルクリンクのコースで8分切れる。
これが従来のスーパーカーの価値でしょう。
一般に言われるスポーツカーなら、最高速は250キロも出れば十分だし、ニュルブルクリンクでは8分30秒ぐらいでしょう。
これは、例えばF1とF3ぐらいの差があるんです。
もっと極端なことを言うと、アメリカズカップに出るヨットと、そこらの国内戦だけに出るヨットの差ぐらいあるんですよね。
宮田:以前のスカイラインGT-Rとは全然違う車なのに、なぜ「GT-R」の名前は残したのですか。
水野:それはゴーンさんがはっきり言っています。
彼が日産に来た時、ほとんどの車はイメージが悪く、赤字でした。
現に1999年、2000年の決算で、そのように発表しているわけです。
ところがGT−Rだけはドル箱で、ブランドと収益ともに光り輝いていました。
大伴:経営者として彼はちゃんと判断していて、ブランドを大切にしたのです。
しかし、以前とは位置づけが大きく変わりました。
「スカイラインGT-R」というのは、スカイラインシリーズの中の最高峰という位置にいたわけですが、「NISSAN GT-R」は、日産全体にとっての天辺であり、それはもうすべての量産車へとつながっていくものです。
水野:一車種群の中の最高車から、全社挙げての最高車というわけです。
宮田:もうちょっとそれをアピールした方がいいというか、やはりスカイラインGT-Rというイメージを引きずっている人が多いと思います。
スーパーカーだということをプラスアルファしてほしいですね。
日産は、今まで技術への信頼感が支えてきたと思います。
長いまじめな技術がベースになっています。
だからそういうベースでGT−Rもアピールできると思うんです。
水野:GT-R開発の際に時速300キロで走れるというのが従来の目標であったら、僕の立てた目標はさらに先です。
その時速300キロの車の室内で、楽しみながら会話ができることです。そのスピードだと普通は何かにしがみついてしまうんですよ。
でも会話を楽しめる、異次元の世界を作り出すのが僕の目標です。
ニュルブルクリンクのテストコースでもそうです。
1周8分を切って騒いでいるどころか、我々は1周7分55秒で連続走行して耐久テストをします。
絶対値を作りたいわけです。
また、ロー、セカンドギアでの加速力についてくるタコメーターはどこにも存在しません。
要するに感性の絶対値を作るのです。
今のスーパーカーって確かに速いんですよ。
でも、雨が降ったらガレージにしまう、雪が降ったらワックスだけかけてしまっておくという世界でした。
それに、腕がないととても乗れない。
ものすごく限定された領域で、ある意味では、こういう言い方は失礼かもしれないけど、企業のエゴで作っているんですよ。
「ユーザーを制約する」「使い方を制約する」ことによって、希少価値を作っているものでした。
そういう商品が今までのスーパーカーでしたが、我々はそれに挑戦し、誰もが、いつでも、どこでも、すべてのシーンでスーパーカーに乗れるんだ、と。
これがGT-Rの絶対値です。夢をつくれば感動してくれるのです。
宮田:感動のモノ作りは技術者の理想ですね。
大伴:これは、「Anyone、Anytime、Anywhereで楽しい車を提供する」という日産の技術戦略です。
それを最高峰として象徴的に出しているのがこの車です。
宮田:ポルシェGTターボとか、そういう車があるじゃないですか。
ああいうものと比べてももっとプレジャーだよ、誰でもプレジャーということですか。
大伴:私も開発担当役員としてGT-Rに何回か乗っています。
運転技術では素人に毛が生えているぐらいなのですが、その私が運転しても、アウトバーンで300キロは簡単に出せるわけです。
それからもっと不思議なのは、不思議と言っちゃいけないんですけど、町中で30キロ、40キロで走って、ものすごく完璧にドライビングができた。
だから車をちょっと回すと、これはなかなか、普通のお客さんは無意識に感じるというか、よく分からないかもしれないんですけど、車が自分の思った通りにスイスイと曲がっていくのです。
宮田:私はスカイラインのターボ車に乗っていて車の進化のおかげで、山道もすごく楽しくなってきたのですが、あんな感じで走っていくんですか。
その何倍も上の感覚なのですか。
水野:世界が違います。
「クルマを安定して走らせる」という基本にもう一度立ち返る水野:車は、まだ5割しかできていないと僕はいつも言っています。残り5割が、まだ何も地に足が着いていない商品なんです。
宮田:そう言ったら何でもそうかもしれませんが、クルマは技術的に見て多くの可能性を残しているというわけですね。
水野:例えば、これはすごく単純なことだけど、今までの車はたいてい後輪駆動ですよね。
そこにトルクをかけると、空気抵抗を受けて、前が持ち上がります。そこへ空気が来ると、リフトが発生しますから、もっと持ち上がります。
今の車はこうやって走っているので、高速道路を走るとハンドルが軽くなって、不安定になってもしょうがないのです。
宮田:ポルシェだと後ろの荷重が65%ありますね。
水野:普通のFR(前置エンジン・後輪駆動)でさえ、やはりリフト荷重を持っています。
雨になればなるほど空気が重くなるので、もっと浮き上がります。
ハイドロプレーニング現象はタイヤの問題だけじゃなくて、実は自動車屋さんにも問題があるのです。
これはメーカーの差を言っているんじゃなくて、車の基本原理です。どこが作ろうとそうです。
車を安定して走らそうとしたらどうしたらよいでしょう。
荷重を前にも後ろにも入れ、ちゃんとダウンフォースがかかるようにし、エンジンやミッションがそれぞれタイヤの荷重としてコンスタントにキープできたらいいのです。
乗り心地とハンドリングって、実は両立するものです。
こんな単純なことすら、きちんとできている車はまだ世の中にないんです。
だから、これまでにないものを作ればいいんです。簡単でしょう(笑)
大伴:こういう話を聞いていただいて、もうお分かりだと思いますが、彼はいつもこういう、ものすごく基本のことを簡単でしょうと説明するのです。
ところが実際、基本のところに、こういうふうに手を打つということは、最も難しいことなのじゃないかと思います。
(次回に続く)
どうです?
読めば読むほどに
乗って見た〜い!と思いません?
それよりも
私は「日産魂、健在なり!」を強く感じました。
技術の日産は伊達じゃなかった。と1人ほくそ笑んでいるところです。
では、次回をお楽しみに!
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